「できる」教育より「わかる」学びを

2014年1月31日 13時42分 | カテゴリー: 活動報告

小笠毅さん品川・生活者ネットワークの井上八重子さんと

1月25日、「品川共に学び育つ社会をめざす会」が主催する学習会「学びのクオリティ(QOL)を、どう保障していくか~なぜ、どうして、に応えられる親になろう!!」に参加しました。

 講師の小笠毅さんは故遠山啓さんが始めた遠山真学塾の塾長で、遠山さんは「どの子もわかるように」と、タイル教材を使って視覚的に計算の仕組みを教える「水道方式」を提唱した数学者でした。

 

小笠さんの講演は質問から始まりました。

0.50.5を掛けたらなぜ、さらに小さい0.25になるのでしょう。

「風」の中の虫はどんな虫?、「法」の字はどうして「さんずい」なの?

 こうして尋ねられ、参加者は「なぜ?どうして?」と考えたり、疑問を親や教師に訊かずにきたことに気づきます。

 遠山さんの遺志を継ぎ学習に困難をもつ子どもの個別指導を始めた小笠さんは、ある時児童から、「足し算のときどうして+と書くの?」と訊かれます。小笠さんは根源的なことを自分が知らなかったことに気づき、国会図書館に通い調べたところ、ラテン語で「1と1」の「と」を意味する「et」のeが消えてtだけが残り、やがて「+」に形を変えた、などの学説があることがわかりました。以来、「わからないことを生徒と一緒になって悩んだり考えることで、楽しさや気づきをもらい教わってきた。」と話します。

 現在の教育は、「できる」ことを優先してスピードを求め、児童・生徒のもっと知りたい、学びたい欲求に応える時間と手間を十分にかけません。「どうして+と書くの?」といった根源的な問いは後回しにされます。また、「できない」ことを理由に健常児と障がい児を分ける今の教育のあり方は、健常児と障がい児が互いを知り合い理解する機会を奪っています。小笠さんは、「憲法26条の『能力に応じた教育』の言葉が差別の肯定に使われている。」と言いました。

 小笠さんの話を聞いて、現在の教育が偏ったものであること、わたしたちがそれに慣らされていることがわかりました。

 昨年6月に成立した「障害者差別解消法」は、インクルーシブ教育をすすめるとしています。小笠さんは「インクルーシブ教育を、障がい者を健常者向けの教育に入れ込む印象の『包括教育』と訳すことが一般的だが、個性を認め合う『混在教育』をすすめるべきだ。」と指摘しました。

 学びの本質に立ち戻り、障がいの有無に関わらず教師や生徒が互いに個性を認め学びあう、本当の豊かさをもった学びをすすめていこうと思いを新たにしました。