女川町でがれきを見た

2012年4月11日 15時24分 | カテゴリー: 活動報告

〜東北視察2日目 災害廃棄物選別処理施設〜

仙台駅から高速バスで石巻駅へ、タクシーに乗り換えて宮城県女川町へ。
震災の日、女川は津波が海抜16メートルと高台にある女川病院の一階部分、地上約2メートルに達しました。町の中心部である女川湾周辺の3、4階建ての商業施設、公共施設のほとんどが浸水し、7割の住家が全半壊しました。壊滅的な打撃を受けた地に立ち、改めて被害の甚大さに衝撃を受けました。
震災前は水産加工場があった場所に災害廃棄物選別処理施設はありました。
東京都は女川町で発生した災害廃棄物の44万4千tのうち、再利用できるものを除いた10万tの可燃性廃棄物を受け入れることとしていて、施設では東京都に運ぶ前の選別と積み込みがおこなわれていました。
磁選機、回転式ふるい機での分別ののち、ベルトコンベアラインによって、木くず、廃プラ、不燃物と手選別され、さらに木くずのうち再生できるものと、焼却するものに選別され、焼却するものは30センチ以下に粉砕、プラスチック・紙くずと混ぜられてコンテナに積み込まれていました。

放射線量測定は東京都環境整備公社がおこない
①ベルトコンベアラインの3地点で1時間ごとの空間放射線量
②積み込みしたコンテナ単位(10ヶ所から採取)の遮蔽放射線量
③コンテナごと積み込み後の空間放射線量
の3回の計測をしています。

公表されている測定値は東京での数値と差異はありませんでした。
女川町の災害廃棄物は、公有地が仮設住宅に当てられていることから民有地に仮置かれていて、仮置場は全長2キロに及んでいます。町役場の方の「災害廃棄物の処理をすすめ、産業を興すことが長期雇用を保障することになる。今のままでは働ける年齢の人が町を出ていってしまう。」との説明からは切実な思いが伝わってきました。
現在震災廃棄物の広域処理については、搬送の経費をかけて広域で処理することが有効なのかということへの疑問、また放射線被曝を心配する声が聞かれます。
何よりも都内の清掃工場での受け入れを区議会での議論や住民との合意形成を図ることなく、東京都と区長会、市長会で決定したことは納得できません。議会・住民への説明と丁寧な合意形成への努力をすべきであったと思います。
今後は都と区に対し、住民の不安を払拭するために徹底した情報公開と十分な説明を求めていきます。